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CXを高めるためにはEX(組織文化)の変革が不可欠

CXを高めるためにはEX(組織文化)の変革が不可欠

CX the Wow

2022.12.16

  • 株式会社ディライトデザイン 代表取締役

    朝岡 崇史

CXを高めるためにはEX(組織文化)の変革が不可欠

感動的なCXを生み出し続ける源泉となる従業員の「熱量」

CXには「これでもう十分だ」というゴールはない。企業がファンであるお客さまを魅了し続け、SNS上で推奨やポジティブな評価のコメントを拡散・シェアしてもらうためには、常に卓越した感動体験=「期待や想像を遥かに超えた驚きや発見の体験」を提供し続ける必要がある。
言うは易く、行うは難し。企業の内部でCXを永遠にアップデートし続けるこの役割を担うのは従業員だ。アイデアの「発散」と「収束」を伴い、時に厄介なこの仕事を、通常の業務をこなしながら手を抜くことなくやり続けるためには、従業員一人一人の「熱量」が高く保たれる必要がある。

従業員がハッピーでなくては、到底、お客さまをハッピーにすることはできない。

それでは従業員の「熱量」を高め続けるにはどうしたら良いだろうか?これには「インターナルブランディング」の手法(メソッド)が応用できると考えている。 「インターナルブランディング」とは自社のブランド理念やブランド価値を従業員に伝えて浸透させ、その行動を変容させることだ。従業員の考え方が変わり、「熱量」の高まりとともに行動も変わればタッチポイントでお客さまに提供するCXもより感動的なものになるとメカニズムは直感的にイメージしやすいだろう。

インターナル活動で重要な4つのステップで組織文化の改革につなげる

「インターナルブランディング」の活動には、「見える化」→「自分ゴト化」→「行動化」→「文化化」という4つのステップが存在している。社内でそれぞれのステップに対応する施策を開発し、組織文化変革につなげていくのがインターナル活動の狙いである。

各ステップにおいて留意すべきポイントは以下の通りである。

①「見える化」:認知・理解の獲得
創業以来、企業が掲げるブランド理念(基本的価値観やパーパス)や経営が新たに掲げたビジョン(将来像)に対する認知と理解を獲得していく一連の活動を指す。ブランド理念やビジョンは従業員が行動を起こす理由(WHY)になるので、「見える化」では経営の本気感を従業員に強く印象付けることが何よりも大切だ。
②「自分ゴト化」:心理的コミットメント形成
ブランド理念やビジョンを従業員に共感・腹落ちしてもらい、「自分たち一人ひとりがブランド理念や新たなビジョンを体現するのだ」という心理的なコミットメントを引き出すための活動が「自分ゴト化」である。多くの企業にとって「壁」になるのがこのステップである。従業員の共感を引き出すためには地道な対話のプロセスが重要であるとともに、経営陣のコミットメントの強さも求められる。
③「行動化」:一歩を踏み出す契機づくり
ブランド理念や新たなビジョンに向けて行動を起こした従業員を「褒めてあげる仕組みづくり」が「行動化」である。会社の方針が変わり「余計な仕事が増えた」と感じてしまう従業員も多々存在するであろうことは容易に想像がつく。「新たなチャレンジを会社はちゃんと見ていて後押しするのだ」というアナウンス機能、及び従業員のインセンティブを生み出すためのコンテストや表彰制度も重要である。
④「文化化」:行動の継続と習慣化
最後にインターナル活動が新たな組織文化として定着するための環境や制度を整備する施策が「文化化」である。魅力的な組織文化を強みとする企業の多くは十分な時間とコストをかけてブランド理念やビジョンを従業員に浸透させる活動に力を入れている。最終的にはブランド理念やビジョンを体現する形で魅力的なCXを生み出し続けるような意識や行動のあり方が人事制度として定着することが、インターナル活動の究極的な形となる。

こうして「見える化」→「自分ゴト化」→「行動化」→「文化化」の4つのプロセスを経た従業員の活動はブランド理念への共感とビジョンの実現への高いモチベーションを背景に、大きな「熱量」を伴ったものになっているはずだ。従業員の「熱量」はリアル・デジタルを問わず、すべてのタッチポイントでお客さまにもダイレクトに伝わっていく。こういった形で企業はお客さまに対して、卓越した感動体験=「期待や想像を遥かに超えた驚きや発見の体験」を持続的に提供することが可能になるのだ

インターナル活動のフレームワークの図です。

CXの背景にEXの変革あり。ヤッホーブルーイングの成功事例

タッチポイントでお客さまに伝播した「熱量」はどうなるだろうか?「熱量」は「お客さまの共感と支持」→「お客さまからの自発的な推奨や評価」→「お客さまから企業への共創を通じたフィードバック」という順番でさらに高められて、逆にお客さまから企業の従業員へと戻っていくと考えられる。
つまり、CX(エクスターナル活動=お客さま体験デザイン)とEX(インターナル活動=組織文化デザイン)は別々の活動ではなく、タッチポイントをゲートウェイ(出入り口)として密接に連関する活動であることがわかる。
このメカニズムをわかりやすく図式化したものが『EXとCXのツインリンクモデル』である。

EXとCXのツインリンクモデルの図です

CXをブランド差別化の武器にするためにEXの変革に真剣に取り組んだヤッホーブルーイングの企業事例を紹介する。

1997年に長野県軽井沢町で創業したヤッホーブルーイング。主力製品のクラフトビール「よなよなエール」の存在感だけでなく、従業員とファンが直接触れ合う体験型イベント「よなよなエールの超宴」や「よなよなエール 大人の醸造所見学ツアー」の開催や熱狂的なファンを招いての共創型ワークショップ「よなよなこれから会議」の実施でその活動が注目されている。ファンによる推奨や評価の力で新たなファンを増やしていく「ダブルファネル」の構造をつくり出すことに成功して19年連続の増収を記録しているが、背景には従業員の「熱量」を高めるインターナル活動の取り組みがあることに注目したい。
ヤッホーブルーイングは、創業直後は当時の地ビールブームに後押しされて順調に業績を伸ばしていたが、2000年頃をピークにブームが去ると急速に市場がシュリンク、減収が続き、存続の危機に陥った。 そんな中、活路を見出したのが楽天市場におけるECの販売ルートであった。現在の社長である井手直行氏が手がけた個性的なキャンペーン展開、ユーモアあふれるメールマガジンなどが功を奏し、全国のファンと直接つながり、関係を深めることに成功した結果、業績は徐々に回復した。
同社がEX活動に着手した直接的なきっかけは業績の回復によって、逆に社内の「チームワークの乱れ」が顕在化してきたことにあった。社長に就任した井手氏は、自社に「チームワークの文化」が根付いていなかったことを痛感したという。

STEP1)見える化:「経営理念」の策定
創業以来、ヤッホーブルーイングには企業理念が存在しておらず、必要性も感じられてこなかった。しかし今後の成長に向けて従業員が一丸となるためには、まず、企業理念の「見える化」と共有が最優先で必要であった。
「ミッション」(使命)として「ビールに味を!人生に幸せを!画一的な味しかなかった日本のビール市場にバラエティを提供し、新たなビール文化を創出することでビールファンにささやかな幸せをお届けする」、「ビジョン」(将来像)として「クラフトビールの革命的リーダー。日本でクラフトビールカテゴリーを創出し圧倒的にNo.1となる。そして革命的な活動でクラフトビール市場を広げ新しいビール文化創出の礎を築く」のほか、「ガッホー文化」(大切にしているはたらき方。ガッホーはがんばれヤッホーの意味)、「価値観」(絶対に譲れないこと、決まり事)、「ヤッホーバリュー」(支持されている価値、ヤッホーらしさ)を制定した。
STEP2)自分ゴト化:「チームビルディング研修」の導入
従業員の「自分ゴト化」を推進する活動が「チームビルディング研修」である。 チームビルディング研修は、チームとは何かについて学ぶ座学と、チームワークを体験するアクティビティの二つのパートから構成される。座学では、自分の「トリセツ(取扱説明書)」を作って参加者内で共有。氏名・年齢・家族構成といったパーソナルな内容から、自らの資質を診断するツール「クリフトンストレングス」の結果に至るまで、お互いを知り合うことにも充分な時間をかける。またアクティビティについてはお互いの資質を共有した上でフラフープやロープなどを活用した、身体を使ったグループワークを実践する。そして事後にはグループワークの振り返りを行い、気付きを共有するとともに、日々の仕事への応用のしかたについても議論する。 第1回目の参加者は井手社長を含め8人。回を重ね、受講者が増加していくにつれて、研修を通じてチームワークによるパフォーマンスの向上を実感した従業員が、職場で率先してチームのための行動を起こすようになった。そして、3年目から業績向上にも結び付き始め、退職者も大幅に減少するなど、成果が顕著に表れ始めた。
STEP3)行動化:「プロジェクト制度」による部門横断的な参画の促進
一人ひとりの従業員がチームワークの文化を日々の業務で具現化するために、自分の担当業務外の活動に参画したり、自発的にプロジェクトを立ち上げたりする仕組みも整備されている。その代表的なものが「プロジェクト制度」だ。 課題を発見し、自ら解決をしたいという意欲を持つ従業員が、スキル・経験・所属部門に関係なくプロジェクトを立ち上げることができる。また、プロジェクトには希望すれば誰でも参画することが可能で、業務全体の20%をプロジェクトに充てられるように推奨されている。 2015年から実施しているファンとの交流イベント「よなよなエールの超宴」についても、お客さま対応を行う部門だけでなく、製造や物流、バックオフィスなどで働く従業員も運営に参画することができる。
STEP4)文化化:フラットな組織と「ユニットディレクター立候補制度」
ヤッホーブルーイングにおける組織階層は「社長」「ガッホーディレクター」「ユニットディレクター」「プレイヤー」の4つのみと、非常にフラットな構造となっている。そして、管理職にあたるユニットディレクターは全て立候補によって決定する。年に一度、熱のこもったプレゼン大会が実施され、若手からベテランの社員まで自ら立案した経営戦略や事業計画を全スタッフの前で発表し、従業員からのアンケートなどをもとに次期ユニットディレクターが決定する。現場の従業員が経営者の視点で全社の戦略を考える場でもあり、もし落選したとしても、自分に何が足りないのかについての気づきの機会になるという。

このようにヤッホーブルーイングではEX活動における「見える化」「自分ゴト化」「行動化」「文化化」のプロセスに経営者と従業員が主体的に参画し、真剣に取り組むことで、従業員の「熱量」が上がり、結果として組織文化の変革が実現している。従業員の「熱量」は卓越した感動体験の創出につながり、ファンであるお客さまにも「熱量」が伝播していく。 さらに、感動体験が厳選となって発生するSNS上での推奨や評価や「よなよなこれから会議」のような共創型ワークショップでのアイデアのフィードバックを通じて、今度は熱狂的なファンであるお客さまから「熱量」が従業員へと還流し、さらなる好循環を生み出す。

ヤッホーブルーイングの成功事例はブランド差別化の難しい時代、タッチポイントにおいて従業員からファンであるお客さまに伝播する「熱量」がお客さまの推奨や共創活動の源泉となり、企業にとって事業成果を上げるための大きな武器になりうることを鮮やかに示している。

朝岡 崇史

株式会社ディライトデザイン 代表取締役

朝岡 崇史

ブランド戦略、CX戦略を専門とするコンサルタント。
前職の電通ではブランド戦略を担うコンサルティング室長、電通デジタル エグゼクティブ・コンサルティング・ディレクターを歴任。日本マーケティング協会マーケティングマスターコース マイスター(2011年〜現在)を務めている。近著に『なりわい革新』(2022年1月 宣伝会議 共著)がある。

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